南山大学

 

Ⅰ.授業の概要

①講義科目名(単位数)

法と人間の尊厳(総論)(2単位)

②担当者名

沢登 文治

濵口 吉隆

小林 傳司

③科目の種類

人間の尊厳科目

④必須の有無

必修

⑤配当学年・学期

1年(既修者コース:1年)・春学期

⑥授業の概要

(概要)建学の理念である「人間の尊厳」と法との関係について、人権論、宗教論、および、科学技術の観点から分析・理解します。各観点一人の担当者によるオムニバス方式を取り、すべて基本的にソクラテスメソッドとします。学生の予習を前提に、担当教員は学生に対する質問や討論によってその理解度を計り、それに基づき必要な部分を補いつつ、その回の授業の目標に到達できるよう導きます。そのために次の5点を実行します。1、各回の授業内容、予習すべき内容、文献、資料等を示す詳細なシラバスを事前に配布。2、各回の授業の開始時に、何を理解することが目標か提示。3、その目標との関連で、予習を前提に、受講生に対する質問。4、その回答を基礎にした討論と、それを通じた理解の深化。5、さらに発展的な問題点等の指摘と、受講生の熟慮。また、修得度の確認と更なる理解の発展を促すとともに、成績評価の資料とするために、定期的にレポートの提出を求めます。

(オムニバス形式)

(沢登兼担教授)近代以降の人権論の歴史的流れを追って、人権論が「人間の尊厳」の実現のために多大な機能を果たしてきたことを理解します。すなわち、フランス人権宣言、その他の近代的人権文書が、身分制社会等の状況を背景に誕生し、その後、近代産業革命の発展により貧富の差などの社会問題によって人権論が根本的に変化せざるをえなかったが、その根底に「人間の尊厳」の思想があったことを明らかにします。

(濵口兼担教授)「人間の尊厳」について原則的な視点をキリスト教の立場から理解し、その視点から現代の具体的諸問題を解決する方法を検討します。すなわち、聖書とキリスト教において「人間の尊厳」がいかに理解されているかを旧約聖書および新約聖書の背景から把握します。つぎにキリスト教の社会教説において人権論がいかに繰り広げられてきたか理解します。さらに、「信教の自由」、生殖医療、臓器移植、尊厳死の問題について、キリスト教の立場から解決する方法を探求します。

(小林兼担教授)科学技術の発展が「人間の尊厳」のために果たした役割、および、それがもたらした問題について、BSE問題、クローン技術の提示する問題などを検討しながら、理解していきます。すなわち、科学技術の発展は社会に恩恵をもたらすと同時に、先進国体制を内在的に支える構造的存在となってきました。そのため多くの紛争を惹起する原因となっている事実を理解したうえで、科学的鑑定技術を基にした裁判過程における意思決定の正当性として科学技術が信頼性のあるものかについて、また科学技術の規制および方向付けが必要とされる今日、法的・社会的・国際的にそれが可能な方法について理解します。

⑦到達目標

この授業は、南山法科大学院において1年次生に配当される、必修科目と位置付けられます。これは、「人間の尊厳のために」南山大学が創設されたという建学の精神を、本学の法科大学院において法曹となることを志して学ぶすべての人に、「法」との関係において修得させるためです。その基礎となる「総論」部分であるこの授業において、重要な三つの観点(人権、宗教、科学技術の観点)から、「法と人間の尊厳」を究明し、個別の議論を行う「各論」部分に橋渡しを行います。受講生はこの授業の受講により、「法」を担う法曹が、常に保つべき重要な姿勢としての「人間の尊厳」につき、三つの視点から分析する能力を得ることで、その時々の視座を得ることが可能となります。

⑧成績評価の基準と方法

成績は、三つの各視点について課されるレポート、および、合議の上で「総論」全体の目標達成度を確認するために行われる定期試験、さらに、日頃の授業における討論への積極的姿勢の三つを総合的に評価して付けられます。

⑨教科書

三つの観点に共通する教科書を見出すことは困難なので、次の参考書の中から必要個所をプリント冊子としてまとめ配布する予定です。

⑩参考文献・参考資料

石部雅亮、笹倉秀夫『法の歴史と思想』(放送大学教育振興会、1995年)

杉原康雄『憲法 立憲主義の創造のために』(岩波書店、1990年)

樋口陽一、吉田善明編『解説世界憲法集[第4版]』(三省堂、2001年)

佐藤達夫『日本国憲法成立史』(有斐閣、1962年)

小林傳司編『公共のための科学技術』(玉川大学出版部、2002年)

村上陽一郎『科学・技術と社会』(光村教育図書、1999年)

Jasanoff, Sheila, Science at the Bar  Harvard University Press, 1995

[以下、宗教の観点からの参考書]

・金子晴勇『ヨーロッパの人間像』(知泉書館 2002年)

・ホセ・ヨンパルト『人間の尊厳と国家の権力』(成文堂 1990年)

・ 同 『法の世界と人間』(成文堂 2000年)

・教皇ヨハネ23世回勅『パーチェム・イン・テリス』(中央出版社 1963年)

・オズヴァルド・フォン・ネルブロイング(本田純子・田淵文男共訳・山田経三監修)、『カトリックの社会教説』(女子パウロ会 1987年)

・第二バチカン公会議『信教の自由に関する宣言』(中央出版社1965年)

・宮川俊行「信教の自由のカトリック宗教神学的考察」『社会と倫理』第七号(南山大学・社会倫理研究所 1999年)、130−158頁。

・ 同 「信教の自由のトマス主義社会倫理学的考察」『社会と倫理』第八号(同研究所 2001年)、1ー53頁。

・教皇庁教理省(ホアン・マシア、馬場真光訳)『生命のはじまりに関する教書』(カトリック中央協議会 1987年)

・長島隆・盛永富一郎編『生殖医学と生命倫理』(太陽出版 2001年)

・総合研究開発機構・川井健共編『生命科学の発展と法』(有斐閣 2001年)

・米本昌平ほか『優生学と人間社会』(講談社 2000年)

・宮川俊行『安楽死の論理と倫理』(東京大学出版会 1979年)

・ 同 『安楽死と宗教—カトリック倫理の現状』(春秋社 1983年)

・ 同 『安楽死について—バチカン声明はこう考える』(中央出版社 1983年)

・倉持武・長島隆編『臓器移植と生命倫理』(太陽出版 2003年)

・中山研一『安楽死と尊厳死』(成文堂 2000年)

⑪履修条件その他の事項

特になし。

 

Ⅱ.授業計画

担当

①テーマ

授業内の学修活動

④授業時間外の学修活動等

②ねらい・内容

③授業方法・工夫

 

沢登

はじめに

本講座全体の概要説明および到達目標を説明します。また、成績評価の方法を説明します。

プリント配布および教材提示使用

 

 

沢登

「人権の歴史」の観点

「人権」の歴史的観点から、直接的に「人間の尊厳」は説明可能であり、全体の流れとして、中世、近代、現代の人権の特徴を理解します。

時代の流れに伴う変化の要点を表の作成によりまとめます。

次回用プリント予習

 

沢登

「中世」から「近代」への流れ

中世の貴族の特権を文書化したものとして「マグナ・カルタ」を確認し、その時代背景を理解します。その後のイギリスでの議会主義の発展と、アメリカ植民地の状況を概観し、アメリカ革命期にバージニア権利章典が制定され、最終的にアメリカ合衆国権利章典として、アメリカの近代人権が確立する過程を、時代的背景を踏まえながら理解します。

イギリスとアメリカの人権思想の流れを、年表と地図により確認します。

中世人権文書のプリント予習

 

沢登

フランス人権宣言

フランスにおける近代啓蒙期の思想、社会契約論および重農主義を概観するとともに、混合的かつ純粋な人権保障の考えが、近代人権の結晶である「フランス人権宣言」に結実した経緯を、当時の社会的背景および制度を踏まえながら、「国民議会」の議論を参照しながら理解します。

時間の流れに従って,社会状況・三部会・国民議会の流れを、表作成作業を通じて確認します。

プランス人権宣言のプリント予習

 

沢登

ワイマール憲法から現代人権誕生まで

近代の影の部分とそれに対処するための社会主義思想の登場、そして、近代人権に修正が加えられる経緯と現代人権、社会権等の誕生、そして、ワイマール憲法の条文を理解する。また、全体のまとめと初回に設定された目標の到達度を確認します。

近代人権と現代人権の相違および日本国憲法上の条文確認を表形式で行います。簡単な知識の確認テストを行います。

現代人権の誕生に関するプリント予習

 

濵口

聖書とキリスト教における人間の尊厳

聖書(旧約・新約)の基本的なテキストから人間の尊厳に関するキリスト教思想を考察します。そのテキスト資料に由来する「神の像」または「神の似姿」である人間観についてギリシャ思想とラテン思想の代表的な神学者の解釈を紹介します。それらの解釈が現代に至るまでの西欧キリスト教の歴史における「人間の尊厳」の基本的な意味理解であることを確認します。

初回には「宗教」の立場から展開する講義全体のガイドを行います。 聖書の基本的なテキストおよびそれらに基づく解釈と思想を要約した講義録を配布します。

この講義内容に関する参考文献表および次回以降の基礎資料を配布します。

 

濵口

キリスト教の社会教説における人権論

キリスト教の社会教説とは何か、その歴史的意味を解説します。その中でも特に「人格の尊厳」を中心とする人権論を紹介し、現代の人権論との関わりを検証します。それを踏まえて、人間の尊厳をめぐる倫理的理解と実定法との関連を明らかにするとともに、人命尊重の理念と実践的課題に迫ります。

本講義と関連する社会教説の概要と教皇ヨハネ二十三世の回勅「パーチェム・イン・テーリス」を中心に論じます。

「パーチェム・イン・テーリス」を一読しておいてください。

 

濵口

信教の自由に関するキリスト教の見解

基本的人権の一つである信教の自由が人間の良心の自由に根ざすものであることを確認するために、「良心」の意味を解明する必要があります。宗教の多元的理解と日本における課題が何であるかを具体的に取り上げます。とくに、多くの宗教が混在する日本社会において提起される政教分離などの具体的な問題に対する解決の方途を探ります。

基本的なテキストとしては第二バチカン公会議の「信教の自由に関する宣言」を使用します。

日本における関連する問題を挙げて、どのような見解を持っているか、またその解決方法などを討論します。

「信教の自由に関する宣言」を一読しておいてください。また具体的問題をいくつか考えておいてください。

 

濵口

生命のはじまりにおける人間の尊厳

現代の生殖医療技術の進歩とともに改めて人間の生命とは何か、その尊重はどうあるべきかが問われています。「母体保護法」をめぐる優生思想と女性の自己決定権および胎児の権利、また生殖補助技術におけるヒト胚やES細胞株樹立などの研究推進と立法化という議論の核心にある「生命の萌芽」の倫理的位置づけと人間の尊厳との関連をキリスト教的視点から考察します。

キリスト教の基本的な考え方を提示するとともに、生命の始まりに関する日本の各種の法律の見解を比較検討します。関連する法律や指針を配布しておきます。

左記の法律や指針などを一読し、問題点を明らかにしておいてください。

10

 

濵口

生命の維持と終焉における人間の尊厳

人間はどこまで延命するべきかという生命維持の義務と限界、延命術の一つである臓器移植、また尊厳死と安楽死をめぐる医療技術における人間の尊厳の諸問題を論じます。「脳死・臓器移植法」の基本理念にも触れつつ、終末医療における患者の自己決定権による意思尊重の趣旨といわゆる「死ぬ権利」などの意味内容について分析し、生命の終焉の在り方を検討します。

生命維持、臓器移植、安楽死、尊厳死などについてのキリスト教的見解を示すとともに、日本の法律や裁判で論じられた内容とを比較検討します。

バチカン教理省の「安楽死についての声明」および日本の「脳死・臓器移植法」また安楽死裁判について予習しておきます。

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小林

科学技術の変容

科学技術の歴史的変容を把握します。現代社会における科学技術の役割の増大が、科学技術絡みの司法的諸問題を生み出していることを理解します。

 

「学問の自由」に関する憲法解釈論的見解のレビューを行い,次回に提出。

12

 

小林

「学問の自由」とその限界

「学問の自由」に関する伝統的な見解を検討し、現代の科学技術に適用可能かどうかを考察します。

各自のレポートに基づく討論を中心にします。

BSE事件に関する、Nature誌の記事を読んでおいてください。

13

 

小林

科学技術の規制1「行政の失敗」

BSE事件を素材に、イギリス、日本の規制当局がどのような失敗をしたかを考えます。これを通じて、科学的思考と法的思考、行政的思考の特質と差異を考察します。

インターネットでイギリスのBSE事件調査報告の重要個所をダウンロードして、検討します。

ヒトクローン規制法を事前に読んでおいてください。

14

 

小林

科学技術の規制2「ガイドライン体制と法規制」

現在の先端科学技術に対しては、ガイドラインによる規制が中心であることを理解します。その上で、法的規制の例としてヒトクローン規制法を検討します。

科学者、市民、患者といった役割を分担し、模擬討論を行います。

「もんじゅ裁判」のメディアによる報道を調査し、次回に提出。

15

 

小林

司法の場における科学技術

科学技術をめぐって、司法の場で民事訴訟、行政訴訟が行われている現状を理解させ、司法の役割として何が求められているかを検討します。

 

法曹が、現代科学技術に絡む紛争に対して、どのような役割が果たせるかについて、レポートを作成します。参考文献として、Jasanoffの第一章と、最終章を利用します。