南山大学

 

Ⅰ.授業の概要

①講義科目名(単位数)

法と人間の尊厳(哲学の視点)(2単位)

②担当者名

高橋 広次

③科目の種類

人間の尊厳科目

④必須の有無

選択

⑤配当学年・学期

1・2・3年(既修者コース:1・2年)・秋学期

⑥授業の概要

思想史に現れた「人間の尊厳」を、法理論形成への影響と現代の社会状況に即して考えます。まず「人間の尊厳」に関し、古代から現代に至る各時代の代表的な思想の特徴を際立たせる資料を用意し、質疑応答によって受講生の理解を確認しつつ授業します。次に、日本国憲法における「個人の尊重」およびドイツ憲法で規定されている「人間の尊厳」条項の意義を明らかにし、それらの解釈がはらむ諸問題に言及します。最後に、以上の原理的な「人間の尊厳」理解に基づきその応用問題の検討に入ります。「人間の尊厳」に関するアクチュアルな法問題の中から適当なトピックを選んで受講生に分担して調査、報告をし、討論を踏まえた後で、まとまった形のレポートを提出してもらいます。

⑦到達目標

本学の精神はカトリックの「人間の尊厳」理解に基づいています。したがって、他の幾つかの理解とどこがどう違うかを「法」の分野で示すことが求められます。この理解は、法哲学の分野では人格と本性を基軸にする伝統的自然法論と緊密に結びついています。受講生は、法思想史の基礎知識を持つのみで十分であり、「人間の尊厳」の侵害状況の検討から、この理念の重みを学ぶことができます。この授業の狙いは、さらに、人間の「尊厳」の主張に「責任」が伴う視点を習得することにあります。

⑧成績評価の基準と方法

出席率、個別報告や中間テスト、定期試験(筆記試験)により総合的に評価します。

評価の比重は定期試験を6割とし、その他を4割とします。

⑨教科書

特に指定しません。こちらで用意した資料集を配布します。

⑩参考文献・参考資料

論文を含む主要な文献は資料集に収録していますが、主要な著作を以下に掲げます。

ホセ・ヨンパルト『人間の尊厳と国家の権力(第1版)』(成文堂、1990年)

ハンス・ヨナス『責任という原理(第1版)』(東信堂、2000年)

ドイツ憲法判例研究会編『人間・科学技術・環境』(信山社、1999年)、『未来志向の憲法論(第1版)』(信山社、2001年)

⑪履修条件その他の事項

特にありません。

 

Ⅱ.授業計画

担当

①テーマ

授業内の学修活動

④授業時間外の学修活動等

②ねらい・内容

③授業方法・工夫

オリエンテーション:

「人間の尊厳」の実定化

「人間の尊厳」思想が、戦後、教会の説教壇や大学の講壇から離れて、各国家の憲法に受容され、さらに国際社会形成の理念になっていった経緯を辿ります。しかし、それにもかかわらず、哲学的根拠を欠いていたため、大衆社会の登場に伴い、価値のインフレーションに陥っていきました。この反省に立って21世紀の「責任ある社会」の基礎造りを考えます。

時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をしながら、配布資料集に基づいて授業を進めます。

第11回から第15回までの演習問題に関して、参加者は報告を求められます。開始までに各自関心あるテーマを選び、資料集の関連文献を読んでいてください。

思想史に見る人間の尊厳(1)古代・中世の「人   間の尊厳」観

古代ローマ期と中世キリスト教との間における「尊厳」概念の本質的相違を調べます。尊厳は卓越性に基づく政治的理念か、それとも国家を超越する人類共通の普遍的理念かが、理解の鍵を握ります。

時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をしながら、配布資料集に基づいて授業を進めます。

「神の像」に関して、稲垣良典教授の関連文献を中心に予習しておいてください。

思想史に見る人間の尊厳(2)近世ルネッサンスの「人間の尊厳」観

同じキリスト教でも、ローマ・カトリック教会とルネッサンス期人文主義との間には「尊厳概念」にも基本的な違いがあり、このことが、社会観や法秩序観の相違をもたらすことを理解します。

時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をしながら、配布資料集に基づいて授業を進めます。

人文主義思想の代表者、ピコ・デラ・ミランドラ『人間の尊厳』を予習しておいてください。

思想史に見る人間の尊厳(3)近代カント哲学の「人間の尊厳」観

アリストテレスに見られる古典的な幸福の倫理学と異なり、神や自然的傾向から独立した自律的な「目的自体」としての人格に伴うカントの「尊厳思想」を理解します。感性界と叡智界との二元的対立に置かれた人間の義務の倫理観を検討します。

時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をしながら、配布資料集に基づいて授業を進めます。

資料集にあるカントの『人倫の形而上学の基礎づけ』の抜粋箇所を予習しておいてください。

思想史に見る人間の尊厳(4)現代リベラリズムの「人間の尊厳」観

現代のかなりの国が前提しているリベラリズムに基づく憲法体制の根底にある人権観念、例えば「自由」や「平等」や「参加」の有効な妥当範囲を検討します。その際、とりわけ「個人の尊重」と「人間の尊厳」との間にある概念的相違を理解することが肝要です。

時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をしながら、配布資料に基づいて授業を進めます。

資料集のマイホーファーの論文、ならびに、ホセ・ヨンパルト『人間の尊厳と国家の権力』の抜粋箇所を予習しておいてください。

思想史に見る人間の尊厳(5)ユートピア社会と「人間の尊厳」

現代人は科学技術を利用し己の欲求を直ちに満足させうる合理的・効率的社会を建設しました。戦後、「人間が人間にとって神である」ことが、人間尊厳のユートピアとなります。人間にとって前もって置かれた生存の条件の拘束力はもはや無効なのかが問題になります。

時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をしながら、配布資料集に基づいて授業を進めます。

参考文献、ハンス・ヨナス『責任という原理』において、マルクス—ブロッホの批判に関する箇所を予習しておいてください。

憲法に見る人間の尊厳(1)日独憲法における「人間の尊厳」規定

日本国憲法13条の「個人の尊重」規定とドイツ憲法第1条の「人間の尊厳」条項とを比較します。当該規定を「原理」あるいは「権利」と見るか、「公共の福祉」の制約下に立つかどうか、限定解釈あるいは拡張解釈の結果がきたす問題点を示し、それらの根底にある哲学的視点を考えます。

時折、理解を正すためにチェック問題を出したり、質疑応答を交えたりしながら、配布資料集に基づいて授業を進めます。

ドイツ憲法判例研究会編『人間・科学技術・環境』ならびに『未来志向の憲法論』に収められている該当論文を予習しておいて下さい

憲法に見る人間の尊厳(2)「人間の尊厳」規定に関する個人主義的解釈の問題点

「個人の尊重」のエゴイズム化により生み出された「人間の尊厳」の希薄化と原理主義化に関する現代的諸問題を指摘し、それを克服するひとつの視点として、共同体主義(コミュニタリアニズム)とカトリック自然法論が社会の最高原理として依拠する「補完性の原理」とを説明します。

時折、理解を正すためにチェック問題を出したり、質疑応答を交えたりしながら、配布資料集に基づいて授業を進めます。

ドイツ憲法判例研究会編『人間・科学技術・環境』ならびに『未来志向の憲法論』に収められている該当論文を予習しておいて下さい。

憲法に見る人間の尊厳(3)憲法における「人間の責任」原理

特に、人間による自然過程への「権利の濫用」的な介入を反省し導入されたドイツ憲法第20a条、スイス憲法第120条がはらむ法哲学的意義を射程に入れ、憲法コメンタールによりながら、その制定経緯と主張の背景をなす政党間の哲学的世界観の対立を説明します。

時折、理解を正すためにチェック問題を出したり、質疑応答を交えたりしながら、配布資料集に基づいて授業を進めます。

ドイツ憲法判例研究会編『人間・科学技術・環境』ならびに『未来志向の憲法論』に収められている該当論文を予習しておいて下さい。

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中間総括

「人間の尊厳」の理解が、思想史的に振り返っただけでも、哲学的根拠によっていかに異なっているか、また特に憲法領域でどのように反映しているかを理解します。

これまでの授業について確認の質疑応答を行った後、小テストを行います。

これまで9回の授業を良く復習しておいてください。

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演習問題(1) 生命倫理と法

これからの5回にわたる演習問題では、現代社会において「人間の尊厳」の侵害状況に関わると思われるアクチュアルな問題を選んで論議します。その手始めに、生命の始まりと終わりの局面で問題となる代表的なトピックスを取り上げます。さらに、「クローン人間」創造、尊厳死や安楽死の区別の問題にも討議の輪を広げます。

授業参加者は、予め作成したレジュメに沿って、分担テーマに関する報告を行い、コメンテーターが、それに対する質疑を行うことを皮切りに、全体討論に入っていきます。

報告者ならびにコメンテーターは、報告終了後、質疑討論を踏まえた上で、改めて正式に報告レポートを提出しなければなりません。

12

演習問題(2) 家族倫理と法

家族は人格形成に不可欠の社会の最小単位です。男女の本質的平等を謳う憲法規定や、「児童の権利に関する条約」前文に謳われている「人間の尊厳」を踏まえ、近年多発している家庭崩壊や学級崩壊の現状に即し、家庭や学校における個人の自己決定権の有効性の範囲を吟味します。余力があれば家族法における財産法の分野、特に相続の問題にも言及します。

授業参加者は、予め作成したレジュメに沿って、分担テーマに関する報告を行い、コメンテーターが、それに対する質疑を行うことを皮切りに、全体討論に入っていきます。

報告者ならびにコメンテーターは、報告終了後、質疑討論を踏まえた上で、改めて正式に報告レポートを提出しなければなりません。

13

演習問題(3) マイノリティー差別と法

社会的少数者や社会的弱者に対し、人間の尊厳を回復するためのもろもろの措置、例えば逆差別方式、割り当て方式等の有効性を、特にアメリカの判例の歴史に沿って報告してもらい、議論します。この連関でリベラリズムに対する大きな対抗概念となっている「多文化主義」(マルチカルチュラリズム)の基本思想を学びます。

授業参加者は、予め作成したレジュメに沿って、分担テーマに関する報告を行い、コメンテーターが、それに対する質疑を行うことを皮切りに、全体討論に入っていきます。

報告者ならびにコメンテーターは、報告終了後、質疑討論を踏まえた上で、改めて正式に報告レポートを提出しなければなりません。

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演習問題(4) 環境倫理と法

わが国ではまだ憲法内に導入されていない「環境権」の法的可能性について考えます。これに対してアメリカでは「自然の権利」訴訟が展開を遂げ、いくつかの判例の確立が見られます。自然保護は人間中心の立場で考えられるのか、それとも自然中心に考えるべきかが議論の大きな対立点をなします。

授業参加者は、予め作成したレジュメに沿って、分担テーマに関する報告を行い、コメンテーターが、それに対する質疑を行うことを皮切りに、全体討論に入っていきます。

報告者ならびにコメンテーターは、報告終了後、質疑討論を踏まえた上で、改めて正式に報告レポートを提出しなければなりません。

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演習問題(5) 政治倫理と法

ここでは、国家の統治ならびにその執行に携わる者に格別に要求される政治的徳とは何かの問題が、とりわけ「国家事由」に対処する強弱の仕方(絶対平和主義とマキャヴェリズム)に応じて浮かび上がってきます。また国家権能の大小に関し、ノジックが唱えるリバタリアニズムの「最小国家」(福祉国家批判)の観念もこの連関で議論の対象になります。

授業参加者は、予め作成したレジュメに沿って、分担テーマに関する報告を行い、コメンテーターが、それに対する質疑を行うことを皮切りに、全体討論に入っていきます。

報告者ならびにコメンテーターは、報告終了後、質疑討論を踏まえた上で、改めて正式に報告レポートを提出しなければなりません。