南山大学

 

Ⅰ.授業の概要

①講義科目名(単位数)

法と人間の尊厳(哲学の視点)(2単位)

②担当者名

高橋 広次

③科目の種類

人間の尊厳科目

④必須の有無

選択

⑤配当学年・学期

1・2・3年(既修者コース:1・2年)・秋学期

⑥授業の概要

神学や哲学の基本概念であった「人間の尊厳」思想が、どのようにして実定法理論の形成に核心的影響を及ぼすにいたったかを理解します。その流れは近代以降のヨーロッパにおいて、法解釈をめぐる概念法学、自由法学、利益法学の学説対立史から、ナチ法学が台頭し、その失敗から、自然法思想が再評価される中で、明確になってきます。ただし、この思想の哲学的正当化に関して統一的見解は無く、そのためその内容理解が形骸化し最近では訴訟上でもインフレーション的な使用がなされています。本授業では、わが国の憲法における第13条の「個人の尊厳」とドイツ憲法第1条の「人間の尊厳」規定の意義が、異なっていることの指摘を通じて、「法」レベルで「人間の尊厳」がどこまで有効かその妥当範囲を検討します。

なお、こうした議論に取り組む前に、法固有の本質や目的とはそもそも何か、またそれを反映する法規の構造はどうなっているか、法規を単位とする法秩序の形成・実現過程はどうなっているかを明確にし、基本的な法概念の正しい把握に努めます。

⑦到達目標

本学の建学精神はカトリックの「人間の尊厳」理解に基づいていますが、世俗的な法世界においては、必ずしも特殊な信仰を前提とせず、万人が普遍的に有している自然的理性に基づく「自然法」があらゆる実定法の基礎原理をともに構成することを重視します。人間の本性の観察から、人間の尊厳の侵害状況を把握して、この理念の果たす重みを理解するとともに、その反面において、濫用的な主張を抑制する「人間の責任」原理を体得する意義が今後肝要になることを学びます。

⑧成績評価の基準と方法

出席率、中間テスト、定期試験(筆記試験)により総合的に評価します。

⑨教科書

特に指定しません。こちらで用意した『資料集』を配布します。

⑩参考文献・参考資料

参考文献や参考資料は『資料集』に収録しておきます。

⑪履修条件その他の事項

特にありません。

 

Ⅱ.授業計画

担当

①テーマ

授業内の学修活動

④授業時間外の学修活動等

②ねらい・内容

③授業方法・工夫

20世紀における「人間の尊厳」の意義と変貌

「人間の尊厳」思想が、大戦後、各国家の憲法に受容され、さらに国際法形成の指導理念になっていったが、その哲学的理解の不十分さから、大衆社会の登場により価値のインフレーションを起こすとともに、世紀の後半、ハイテクノロジーの急成長と相俟って、人間が意図的な操作の対象とされ、その尊厳性が改めて問題視されるに至ったことを指摘します。

配布レジュメに従って授業を進めますが、時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をはかります。

受講生は、これから、そのつど行われる講義テーマに対応する『資料集』の関連文献をあらかじめ読んでから授業に臨んでください。

法の概念について

法はいかなる点で他の社会的規範と異なる独特の性格を有するか、「法」という言葉の概念整理を行います。この法概念分析から、不法要件と不法効果によって結合される「法命題」に基づき、実定法上用いられる諸々の主要概念について体系的に説明します。

配布レジュメに従って授業を進めますが、時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をはかります。

この項についてはレジュメで詳しく説明します。

法秩序の形成過程

主として立法過程論で重要となる点を説明します。すなわち、制定法、慣習法、判例法、条理等、法適用の前提となる法源論を取り上げます。とりわけ、大陸法の法典主義と英米法の判例法主義の性格的差異を理解することが肝要です。

配布レジュメに従って授業を進めますが、時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をはかります。

団藤重光『法学入門』の該当箇所を予習しておいてください。

 

法秩序の実現過程

主として司法過程論で重要となる点を説明します。法規範の解釈、事実認定。判決といった法的三段論法の各段階で注意すべき司法裁定論において、ルール懐疑主義、事実懐疑主義、司法消極主義、司法積極主義を話題にします。

配布レジュメに従って授業を進めますが、時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をはかります。

団藤重光『法学入門』の該当箇所を予習しておいてください。

 

法解釈の問題点

法適用の順番はハード・ケースになると困難になります。どこまでがスタンダードで、どこから先は実定法外の法源を援用するかが考えどころとなります。この問題に取り組むに当たって、19世紀に展開された法解釈学説の論争の流れを追うことが参考になります。

配布レジュメに従って授業を進めますが、時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をはかります。

青井秀夫『法理学概説』における、概念法学—自由法学—利益法学の流れを予習しておいて下さい。

戦後法哲学の再出発について

戦後ドイツ法哲学は、ナチス時代からの負の遺産をどのように清算していったのかその過程を辿ります。

配布レジュメに従って授業を進めますが、時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をはかります。

青井秀夫『法理学概説』のラートブルフ・テーゼを予習しておいて下さい。

法的思考の独自性の再発見

論理的な厳密性を追う法教義学に対し、トピクやレトリックを駆使した古代の法思考の意義の再発見を理解し、立法者であれ、裁判官であれプールデンスの働きが「賢さ」だけでなく「徳」に存することを明らかにします。

配布レジュメに従って授業を進めますが、時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をはかります。

田中成明『法の考え方と用い方』における該当箇所を予習しておいて下さい。

現代社会における法の三類型モデルと中間試験

現代社会における法の社会的諸機能について説明し、その「三類型モデル」を紹介した後に、中間試験を実施します。

これまでの授業に関する質疑応答を終えた後、中間試験を行います。

これまで7回の授業で学んだことを良く復習しておいてください。

ヨーロッパ法思想に占める「人間の尊厳」の意義

「人間の尊厳」という言葉は、キリスト教神学に由来しますが、さらに世俗化されて法の世界において用いられるようになります。カントとベンサムの功利主義との比較において、「法」に連関する意義を取り出します。

配布レジュメに従って授業を進めますが、時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をはかります。

この項についてはレジュメで詳しく説明します。

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ドイツ憲法に見る「人間の尊厳」規定の意義と問題(1)

ドイツ憲法第1条1項の意義をドイツの法哲学者マイホーファーの解釈を手引きに解説します。彼によれば、「人間の尊厳」の意義は「人間の尊厳」の侵害状況から逆に照射されます。

配布レジュメに従って授業を進めますが、時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をはかります。

マイホーファー『法治国家と人間の尊厳』の拙訳における該当箇所を予習しておいてください。

11

ドイツ憲法に見る「人間の尊厳」規定の意義と問題(2)

「人間の尊厳」に関するコンセンサスは高度に抽象的な時限にある限りで可能となっているに過ぎず、具体的な事例に適用される段になると潜在的な根本的評価の違いが顕著になります。その限定解釈と拡張解釈の対立を検討します。

配布レジュメに従って授業を進めますが、時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をはかります。

ドイツの憲法学者ホルスト・ドライアーの該当論文を予習しておいてください。

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日本国憲法に見る「個人の尊厳」規定の意義と問題点(1)

日本国憲法第13条に関する諸々の解釈学説を整理します。次いでヨンパルト論文に従って、「人間の尊厳」と「個人の尊厳」との相違に基づき、「人格としての人間」と「自己解決主体としての人間」との相違を理解します。

配布レジュメに従って授業を進めますが、時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をはかります。

ホセ・ヨンパルト『人間の尊厳と国家の権力』における該当箇所を予習しておいてください。

13

日本国憲法に見る「個人の尊厳」規定の意義と問題点(2)

リベラリズムに対する有力な挑戦としてコミュニタリアニズム(共同体論)から提起された主要な問題点と争論を説明します。共同体論にも、正確には新旧の二派を分けて考える必要があります。

配布レジュメに従って授業を進めますが、時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をはかります。

憲法学者平松毅教授の該当論文『人間の尊厳と日本国憲法』を予習しておいてください。

 

14

伝統的自然法論における『人間の尊厳』観

伝統的自然法は、個人と中間社会と国家との間の関係を正しく捉える共同体の最高原理として、補完性原理と共同善原理を立てます(現在普及している「補完性原理」は、実はローマ教皇の社会回勅に由来しています)。これらの二原理に基づき「人間の尊厳」を考えます。

配布レジュメに従って授業を進めますが、時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をはかります。

オーストリアの代表的自然法論者ヨハネス・メスナーの『自然法』から抜粋した該当箇所を予習しておいてください。。

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被造物の尊厳と人間の責任

現代のハイテクノロジーが惹起した社会のリスクや起こりうるカタストロフ(たとえば、環境問題)に対し、ドイツやスイスが憲法改正においてどのように対応したかを中心に説明します。尊厳ある人間には自然介入に対し常に高い責任が伴い、慎重であることの自覚が力説されます。

配布レジュメに従って授業を進めますが、時折、質疑応答の時間をはさみ、理解の確認をはかります。

20世紀の代表的哲学者ハンス・ヨナスの代表作『責任という原理』から抜粋した該当箇所を予習しておいてください。