2003年に専門誌Linguaに発表した論文"A derivational approach to the interpretation of scrambling
chains"では、(@)フェイズ理論に基づく連鎖の循環的解釈と(A)連鎖解釈における統語素性の自律性、を仮定することによって、日本語スクランブリングの主要な性質を説明することが可能となることを示した。本年度の研究においては、このアプローチを、計量詞の作用域解釈と否定対極表現の認可に適用し、さらに、照応形や束縛代名詞、述部、項構造の解釈と対比することによって、統語構造から意味情報を抽出するメカニズムの全体像を明らかにすることを試みた。 |
まず、スクランブリングが、計量詞の作用域解釈と否定対極表現の認可にどのような影響を及ぼすかについて詳細に検討し、一般化を提示した。その上で、Noam
Chomsky 氏(Knowledge of Language,1986)が提案する完全解釈の原理(Full Interpretation)を循環的に適用するものとして再定式化し、さらに計量詞もその適用範囲に含めることによって、この一般化を原理の帰結として説明しうることを示した。この成果は、統語理論の派生的・循環的性質をさらに裏付けるものである。述部、項、演算子、計量詞を認可する完全解釈の原理は、統語構造がフェイズ毎に意味解釈部門に送られる際に適用されることになる。 |
次に、完全解釈の原理が適用されない再帰代名詞、束縛代名詞等の照応形の認可と解釈について検討し、これがフェイズを単位としないことを確認した。その上で、認可が派生的に行われるのに対して、解釈が統語構造全体をその適用領域とすることを明らかにした。ここに至って、未だ作業仮説の段階ではあるが、統語構造の情報が意味解釈部門に転送される際のメカニズムの全体像を示すことができた。 |
以上の成果をまとめた論文"Further notes on the interpretation of scrambling chains"は、スクランブリングに関する論文集
Free Word Order Phenomenon: Its Syntactic Sources and Diversity (Joachim Sabel and Mamoru Saito,eds.,Mouton de Gruyter,Berlin,2005)にすでに発表されている。 |