天孫降臨という神話のモチーフは、世界各地から報告されている。とりわけ王権を伴う高文明で出現する場合が多い。こうした現象をどのように考えるかが本研究のメイン・テーマであった。そこで、「世界各地」とはいえ、その特殊な分布を概観し、その意味を先行研究に照らして検証する必要があった。その際、学説史の中では、「空想的伝播論」とさえ揶揄される20世紀初頭のマンチェスター学派の超伝播論までさかのぼって問題を再検討した。というのも、学説史の中では、わずかな事例の見落としや解釈の瑕疵をことさら強調し、その学術的意義を捻じ曲げる傾向があり、従来の評価を鵜呑みにすることはできないからである。そして、実際、この問題を深く追求した超伝播論のウィリアム・ペリーの研究では、天孫降臨の広がりを伝播現象として一元的に還元するのではなく、形態的一致とその歴史的展開の並行性という、のちの特殊進化論(ジュリアン・スチュワード)を想起させる発想がむしろ強調されていることが分かった。また、この研究過程で、ペリーと同時期に、天声降臨のモチーフがインカと古代日本に見られ、それが極めて類似していることから、「インカ帝国の始祖は日本人」という説を提出したフランシスコ・ロアイサの仮説を検証した。なるほど、その仮説が導き出す結論は現在の知識からすれば、まともに相手とするものではなかもしれないが、しかし、20世紀初頭には、類似する主張がヨーロッパでは次々に提出され、それが学問的潮流の一翼を担ってきたことに気付けば、文化人類学のパラダイムの有り方を検討するためには、見逃しにできないことと考えられる。幸いに、2011年は古事記の当たり年であり、古事記のモチーフを環太平洋という枠組みで見ようとする企画に誘われ「アンデス山脈のなかの古事記」を執筆し、ロアイサが企図したことは、後のエヴァンズ・メガーズ・エストラーダの「縄文・バルディビア」論の先駆となっていることを明らかにした。本研究ではさらに、天孫降臨神話と社会の歴史的発展の並行関係をインカ、古代日本、琉球を例にとって検討した。これは、学説史でほぼ抹殺されたペリーのアイデアを受け継ぐものである。
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