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今年は特にドイツに照準を定めて本研究をスタートさせたが,先ずはドイツの年金政策に影響を与えることになる欧州連合(EU)の年金政策の枠組みについて明らかにする必要があったので,2010年で終了したリスボン戦略の後継戦略である「欧州2020」に焦点を絞り,そこの社会次元に含まれる社会保障や年金制度の改革課題を明らかにする作業を行った。
「欧州2020」は,草案策定の最中に金融経済・政府債務危機が欧州を襲っているので,危機に対するEUのガバナンスを強める傾向が色濃くにじみ出たものになっている。その結果,加盟国の聖域とされてきた年金分野へのEUの関与がいっそう強められ,EU諸国の年金政策に与える影響は大きくなっている。リスボン戦略は人口高齢化課題をかかえるEUの中期経済成長戦略であるが,その戦略の下でEU年金政策の外枠を固めていたのは,政府債務の削減,就業率と生産性の向上,社会保障改革からなる「三叉戦略」であった。人口高齢化危機の上に新たに欧州債務危機が加わったことにより,社会保障改革(つまり政府支出削減)に対する圧力は倍加した。こうした中で「欧州2020」の中期経済成長戦略は5大目標を掲げているがそのうちの3つ,すなわち@20〜64歳人口の就業率を75%へ引き上げる,A18-24歳人口の中卒者割合を10%未満に引き下げるとともに30-34歳人口の大卒者割合を40%へ引き上げる,B貧困・社会的疎外者を2000万人削減する,が社会次元に関係する。
リスボン戦略の10年間に進められた年金改革は十分な水準の年金確保を犠牲にして持続可能性の改善を進めた結果,両者のトレードオフ関係が先鋭化した。欧州委員会が「欧州2020」や年次成長概観で打ち出したのは,若年者・女性・高齢者の就業率の引き上げ,早期引退制度の段階的廃止,生涯労働年数の延長,企業年金の拡充などによって両立化を計ることだった。しかし,これには女性や高齢者の能力を十分に活かせるように企業内の労働編成を工夫するだけでなく,定年管理や労働市場の改革の成否,金融市場のパフォーマンスとリスクに左右されるので,未知数部分を多くかかえている。年金の給付水準が少し変動しただけで,貧困・社会的疎外者数は大きく変動する状況にあるので,「欧州2020」の社会次元は大きなジレンマを抱えたままであることが明らかになった。
この成果を踏まえた加盟国レベルの年金改革論の動向の調査研究については次のテーマとして取り組む予定でいる。
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