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新鍥類解官様日記故事大全( 中尾市郎兵衛版 1669 )

新鍥類解官様日記故事大全 巻1より 虞舜

書名

新鍥類解官様日記故事大全

書名カナ シンケツ ルイカイ カンヨウ ニッキ コジ タイゼン
責任表示 (明) 張瑞圖校
出版地 [出版地不明]
出版者 [中尾市郎兵衛]
出版年 [寛文9 (1669)]
ページ数

【巻1】9, [1], 12丁 【巻2】13-38丁 【巻3】27丁 【巻4】13丁 【巻5】19丁 【巻6】24丁 【巻7】27丁

大きさ 26.7×19.2cm
請求番号 152W/2/v.0-18
配架場所 貴重書庫
注記 本タイトルは目首による。
卷7刊記に「皇明萬暦新歳[1573] 劉龍田精梓行」「寛文九己酉歳[1669] 初春吉辰日/中尾市郎兵衛板行」とあり。第1巻目録の後に「忠恕堂詹敬菊梓」とあり。

 『日記故事』は、元代至元二十八年(1291)に初めに建安(中国福建省)の虞韶によって編まれた人物故事中心の道徳啓蒙書(小学書)『小学日記切要故事』全一〇巻を省略したもので、全相本(挿絵本)も多数作られて流布した。明代の嘉靖(1522-1566)・万暦(1573~1620)年ごろから、巻頭に「二十四孝」が付されるようになる。


 本書はその和刻本で、京都の中尾市郎兵衛による刊行。
同書肆は勧化本を多く出しているが、同年六月に明代の劇作家汗延訥による教訓書『勧懲故事』の和刻本も刊行している。

 本書巻七末には「皇明萬暦新歳劉龍田精梓行」との刊記があり、これに従えば万暦元年(1573)明刊本をもとにしたことになり、「二十四孝」を持つ『日記故事』の最も早い例となる(現存明刊本での最初例は万暦三九年(1611)刊)。しかし、刊行者の劉龍田は嘉靖三九年(1560)の生まれであることなど、この和刻本の刊記は不審点がある。

  「二十四孝」部分は、半葉一故事で、上段に挿絵を持ち、本文に割注形式での注釈が加えられている。「二十四孝」に登場した孝子が、巻二以降にも再登場している場合があり、「二十四孝」が後補されたものであることをうかがわせる。

参考文献

  • 長澤規矩也『刻本類書集成』(汲古書院、1984年)
  • 長澤規矩也「元明編刊の故事集について」『長澤規矩也著作集第三巻』(汲古書院、1983年)
  • 橋本草子「「日記故事」の現存刊本及びその出版の背景について」『中国:社会と文化』第21号、2006年6月
  • 橋本草子「「日記故事」の版本について―二十四孝図研究ノート(その3)―」『人文論叢 』第46号、1998年1月

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