二十四孝諺解
二十四孝諺解( 初版 )より 朱寿昌(しゅじゅしょう)
| 書名 |
二十四孝諺解(初版)- 清三郎・三郎兵衛合版 |
二十四孝諺解(書肆未記載後印本) |
二十四孝諺解(後印本) |
|---|---|---|---|
| 書名カナ | ニジュウシコウ ゲンカイ | ニジュウシコウ ゲンカイ | ニジュウシコウ ゲンカイ |
| 責任表示 | |||
| 出版地 | 大阪 | [出版地不明] | 大阪 |
| 出版者 | 三郎兵衛 | [出版者不明] | 河内屋茂兵衛 |
| 出版年 | 貞享3 [1686] | 貞享3 [1686] | 貞享3 [1686] |
| ページ数 | 24丁 |
25丁 |
25丁 |
| 大きさ | 27.4×19.1cm |
25.6×18.7cm |
25.6×18.7cm |
| 請求番号 | 152W/2/v.0-5 | 152W/2/v.0-6 | 152W/2/v.0-7 |
| 配架場所 | 貴重書庫 | 貴重書庫 | 貴重書庫 |
| 注記 |
本タイトルは題箋による。(版心題: 廿四大)。巻末に「干時貞享三丙寅年九月吉日」とあり。 |
本タイトルは題簽による(版心題: 廿四大)。刊記に「干時貞享三丙寅年九月吉日」とあり。 |
本タイトルは題簽による(版心題: 廿四大)。題簽に「貞享三年絵入り」とあり。 |
| 書名 |
二十四孝諺解(梅村判兵衛版) |
二十四孝諺解(山口版屋権兵衛版) |
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|---|---|---|---|
| 書名カナ | ニジュウシコウ ゲンカイ | ニジュウシコウ ゲンカイ | |
| 責任表示 | |||
| 出版地 | [出版地不明] | 江戸 | |
| 出版者 | 梅村判兵衛 | 山口屋権兵衛 | |
| 出版年 | 元禄4 [1691] | 元禄4 [1691] 刊 | |
| ページ数 | 24丁 | 13-25丁 | |
| 大きさ | 22.0×15.2cm | 22.6×16.3cm | |
| 請求番号 | 152W/2/v.0-8 | 152W/2/v.0-9 | |
| 配架場所 | 貴重書庫 | 貴重書庫 | |
| 注記 | 半紙本。本タイトルは題簽による。刊記に「元禄四年辛未歳六月朔旦 梅村判兵衛新刻」とあり。 |
半紙本。本タイトルは目録作成者による。巻末に「元禄4辛未歳六月朔旦 山口屋権兵衛新刊」とあり。第1-12丁を欠く。 |
二十四孝諺解( ニジュウシコウ ゲンカイ )ー「二十四孝」の仮名注釈書。
標題を示し、短文で簡潔にその内容を示し、五言賛を掲出する。その後、詩句の語釈・内容の解説を付すもの。
注釈者は不明だが、その文言の多くは、天和二年(1682)刊『頭書二十四孝』(152W||2||v.0-10)の本文や頭注を集成し、組み合わせたものと見られる。ただし、その配列は一致しない。また、挿絵がより詳細で、嵯峨本以来上部にあった挿絵を、丁を分割した下部に配されている点も特徴的。
江戸の清三郎・大坂の三郎兵衛の合版で貞享三年(1686)に刊行されたものが初版(152W||2||v.0-5)である。四孝文庫旧蔵本は、本来は表紙裏にもあったと思われる挿絵が表紙改装の際に失われているが、その絵は、清三郎・三郎兵衛合版から書肆名を削り、「于時貞享三〈丙寅〉年九月吉日」のみを残した書肆未記載後印本(152W||2||v.0-6)や書肆を「大阪心斎橋筋河内屋茂兵衛蔵板」とした後印本(152W||2||v.0-7)で確認できる。
これら大本のほかに、判型を小さくした半紙本も刊行されており、広く行われたことがわかる。半紙本は元禄四年(1691)山口版屋権兵衛版(152W||2||v.0-9)が先行し、梅村判兵衛版(152W||2||v.0-8)がその後印本である。
参考文献
- 『往来物解題事典 解題編』(大空社)
- 「シンポジウム―刊記をめぐる諸問題―」『調査研究報告(国文学研究資料館)』第16号、11~46頁、1995年3月